令和3年4月11日、帰国した拉致被害者のお一人である蓮池薫さんが福岡市内で講演されました。その内容を一部レポートにまとめましたので、抜粋して紹介します。
(文責・本山貴春)
拉致の目的は何だったのか
北朝鮮は1970年代後半から日本人を含む外国人の拉致を積極的に行うようになった。それは金正日が権力を握った時期と重なる。
金正日は国内で4つの工作機関を掌握し、目的のためには手段を選ばなかった。
当初、北朝鮮当局は敵国(西側諸国)で秘密工作活動や破壊活動を行うためには外国人を直接活用する必要があると考えた。北朝鮮人スパイはすぐに見破られるためだ。
あるいは北朝鮮人を外国人に偽装させるための「教育係」として利用した。さらに、北朝鮮人工作員が外国人になりすますために本人の存在が邪魔になり、北朝鮮に送った例もある。
1978年は日本人拉致が特に多発した。4組のカップルが狙われ、うち3組が拉致された。未遂の1件(富山)は2年後に新聞で記事化されている。
5名帰国へ至る流れ
北朝鮮は長年、日本人拉致の事実を否定してきた。しかし2002年頃は経済状況が苦しく、日本から(第二次大戦の)賠償金をもらうことで苦境を乗り越えようと考えた。
そのためには日本側の求めることを無視するわけにはいかない。そこで日本側が提示したリストに回答し、4名の生存を認めた。北朝鮮は8名の死亡を主張したが、嘘であることがわかっている。
もし2002年に北朝鮮が(リストの)全員を帰国させていれば、日朝間で拉致問題は解決したことになっただろう。しかしその後、北朝鮮の核・ミサイル開発が国際問題としてクローズアップされた。
そのことで、北朝鮮側は「もし日本人を帰国させても、核・ミサイル問題で米国などを納得させない限り、日朝国交正常化はできない」と考えるようになった。
拉致被害者帰国の「期限」
トランプ政権下ではこの膠着状態が動くかと見られたが頓挫し、現在のバイデン政権は北朝鮮に対し厳しい姿勢を示している。
このまま国際社会の動きを待っていれば、残りの拉致被害者帰国実現に何年もかかるだろう。
しかし(政府認定)拉致被害者の親世代で残っているのは2名しかいない。高齢の2人に「米朝が動くまで待て」とは言えない。日本が独自に動くしかない。
いま再び北朝鮮では餓死者が増えている。日本がカードを示せれば、北朝鮮側が動く可能性はある。
もし親世代が亡くなってから拉致被害者を帰国させても、それは拉致問題を解決したとは言えない。つまり国交正常化は永遠に不可能になる。
そのことを日本政府は、北朝鮮に明確に伝える必要がある。
北朝鮮による秘密工作の変遷
当初、北朝鮮が独自に育成したスパイは使い物にならなかった。そこで北朝鮮は外国人をスパイに仕立てることを思いついた。外国人であっても「宥めすかし、あるいは脅せば使える」と考えたのだ。
北朝鮮はレバノン人女性も拉致し、工作員として教育した上で欧州において実習を行わせた。そのレバノン人拉致被害者らが大使館に逃げ込んだことで、世界的なニュースになった。
この事件によって北朝鮮は「外国人を直接スパイに仕立てることが不可能である」と判断し、日本人拉致被害者も教育係としてのみ働かせるようになった。
1987年の大韓航空機爆破事件で逮捕された元工作員・金賢姫は、日本人拉致被害者から日本語教育を受けたことを証言した。
そのことで、北朝鮮は「拉致被害者を工作員教育にあたらせることも危険である」と判断した。教育にあたる者が拉致被害者であることは秘密にされていたが、隠しきれないことがわかったためだ。
その後、拉致被害者は隔離され、翻訳業務などを命じられるようになった。
北朝鮮は帰国させるつもりがなかった
2002年、日朝交渉に伴い日本政府職員と拉致被害者が面会することになった。
面会に先立ち、北朝鮮当局は拉致被害者に「ここでは幸せに暮らしていると言え」「拉致されたとは言うな、海で遭難したところを救助されたと言え」「日本に帰りたくないと言え」などと命じ、長いシナリオを暗記させた。
当初は帰国せず、拉致被害者の家族を平壌に呼んで面会する予定だった。しかし家族があくまで帰国を求めたため、「一時帰国」することになった。
拉致被害者は救出を待っている
北朝鮮は拉致被害者家族の親世代が亡くなれば、日本側が鎮静化すると見ている。
現地の拉致被害者は北朝鮮のどこかに隔離されている。おそらく手は出さない(つまり殺さない)。おそらく(充分な)食事と医療は提供されているだろう。
2002年まで、拉致被害者の多くは日本への帰国を諦めていた。しかし2002年に5名が帰国したことを、残された拉致被害者が知らない筈がない。必ず情報は漏れ伝わるからだ。
残された者は「なぜ自分達だけ帰国できないのか」と悩み苦しみ、精神的限界を迎えていると思われる。そういう意味でも時間がない。
北朝鮮は「風化」を待っている。それは無いということを、日本側が見せつけなければならない。