【報告】北朝鮮に拉致された日本人を救うための九州大会in福岡を開催

救出運動

令和8年6月6日、救う会九州連絡協議会主催による屋外集会を8年ぶりに開催しました。当日は、九州各県の救う会関係者や一般参加を含め、約120名の皆様にご参加いただきました。

各登壇者のスピーチ内容を一部抜粋してご紹介します。(文責:事務局 本山)

救う会福岡 藤井守人代表

自分の家があり、日本に住んで、そして人権問題を言っている人々は、基本的人権を確保された上で他の権利を要求しています。しかし北朝鮮に拉致された方々は、その大本の基本的人権を奪われている人たちなんです。そこのところをよく皆さんは理解していただきたいと思います。

北朝鮮に拉致された被害被害者、どれほどいるか、実数はわかりません。しかし、警察庁も870人以上、政府の認定だけでも17人以上、こういう状況で、決して小さな問題ではない。

我々にできることは、こういう啓発をすること、そして皆さんの意思を国民の意思として表明していただくために署名をいただくこと。残念ながら、これしかできないけど、これをやめるわけにはいかないんです。

救う会佐賀 彌吉路事務局次長

私たちは解決できない事件は絶対にないという気持ちを持って、臨まないといけないと思っております。強い気持ちと日本国民の気持ちが、絶対にこの事件を解決し、横田めぐみちゃんはじめ、拉致された日本人が再びこの祖国日本に帰ってくることができる、その日を信じて行動しましょう。

現在、佐賀県では公安当局のホームページに、拉致されたかもしれないという被害者5名が掲載されています。全国にはもっとたくさんの、北朝鮮による拉致を疑われている方々がいます。政府が認定した人たちだけじゃない、もっとたくさんの人々が、この日本の海岸から北朝鮮に拉致されているかもしれないのです。

一番強いのは世論だと思います。ぜひ署名を、そして声を届けて、拉致問題の解決に一歩でも進むように。横田早紀江さん、90歳になられます。60歳を超えた横田めぐみちゃんとの再会がなるように、みんなで願って行動してまいりましょう。

救う会熊本 布田悟代表

日本政府が北朝鮮による拉致問題を認識してから、何人の総理大臣が出ただろうかと考えました。たった1年で変わった総理もおりましたけれど、それだけ総理大臣は変わって、そのたびに「拉致問題が最優先課題だ」と言ってきたけれど、結局何も進まなかった。

拉致・誘拐というのは、日本国内であるならば警察が動きます。場合によっては家族も動きます。しかし北朝鮮とは国交もない。警察が乗り込むわけもいかない。自衛隊も憲法や法律の関係で救出に行けない。ですから、私たちは署名活動をやりながら、政府を動かすという活動をやっております。

日本人が基本的人権を侵されて北朝鮮に拉致されている。それも日本国内で拉致して北朝鮮に連れて行ってるんです。つまり日本領土が侵されている。国家主権が侵されているということです。どうか一緒になって、北朝鮮に拉致された日本人被害者を一日も早く取り戻そうではありませんか。

元防衛副大臣 鬼木誠衆院議員

拉致問題は日本の国の主権の侵害であり、そして日本国民に対する人権の侵害でございます。政府の最優先課題として取り組まねばなりませんが、本当に長い間時間が経ってしまいました。「かわいそう」という言葉では済まされない。拉致被害者も、その家族も、長い時間を費やしてしまいました。

私の地元福岡2区においても、特定失踪者のご家族がおられます。警察からも変化がないか、情報はないか、コンタクトがあると伺っておりますが、一向に進んでいない

独立国家として、国民の、その家族の人権や自由を守ることができていない状態は、本当に悔しい、悲しい状態でございます。時間だけが経っていった、家族の皆さんの虚しい、悲しい思い、何としてもこれを解消すべく取り戻す。その第一線に立って活動を続けてこられた救う会の皆様方には、本当に頭が下がる思いです。

私も、高市総理、木原官房長官(拉致担当大臣)、そして山谷えり子本部長のもとで自民党拉致対策本部幹事長という役割をいただきました。長く時間がかかってしまったこの課題にしっかり取り組み、一刻も早く答えを出すよう、そして拉致被害者を取り戻すよう、ご家族のもとに皆さんが帰っていただけるよう、全力を尽くしていきたいと思っております。

元防衛副大臣 鬼木誠衆院議員(自民党拉致対策本部幹事長)と救う会九州各県代表者

小坪慎也 行橋市議会議員

誰かにお願いするのはもう嫌になりました。世論喚起をしてくださいとも言いません。無責任だと思ったからです。いま行橋市では職員全員がブルーリボンバッジを着用し、すべての市立小中学校でアニメ「めぐみ」を上映しています。

アニメ「めぐみ」の上映とブルーリボンバッジの着用について、これまでは国にお願いする意見書で進めていたんですが、昨年12月に議会決議をすることで、自治体行政に対して強制力を付与できるようになりました。

「自分の議席でやれることをやろう」と思いました。誰かに頼むんじゃなくて、小さなことだけど、風化阻止なら自分でもできると思います。「絶対に忘れさせない」という強い覚悟をもって、挨拶の言葉にかえさせていただきます。

井福大昌 大野城市議会議員

戦後80年間、日本は平和だった。よく聞く言葉です。使い古された言葉です。絶対聞いたことありますよね。戦後80年間、日本は平和だった。本当にそうですか?

年間1000回以上も領空・領海を脅かされて、スクランブル発進して、竹島は不法に占拠され、そして今や尖閣諸島まで脅かされている。

そして日本が平和でない最大の理由は、800人以上もの日本人が誘拐されて取り返せないことなんです。800人以上の日本人が北朝鮮に拉致されて、指をくわえて見ているだけなんですよ。これが本当の平和な国の姿ですか。皆さんどう思いますか。これが本当に平和ですか。

私は、少なくとも私は拉致被害者の家族の前で、日本は平和な国だなんて一言もいえません。そのことを皆様に訴えて、私のご挨拶とさせていただきます。

特定失踪者問題調査会 荒木和博代表

先ほど「親世代で残っているのは横田早紀江さんだけ」というお話がありました。これは、いかに事態が切迫しているかということを明らかにする言葉ですが、私としては、この言葉は使わないでいただきたいと思っております。

「親世代が残り一人」という言葉は、特定失踪者のご家族にとっては、自分たちが見捨てられているという印象につながってしまいます。一つ間違えると、早紀江さんにもし何かあったら「拉致問題はおしまいだ」ということにもなりかねないからです。

この警固公園におられる皆さんも、家に帰って、家族がいたら「ただいま」と言い、「おかえり」と迎えてもらう。これが当たり前のことだと思います。その当たり前のことが突然「ブツン」と切れるんです。なぜ消えたのかわからない。自分の意思で家出したのか、事故なのか事件なのか、わからない。

北朝鮮に拉致されたなんて、思いもよらない。その状態で時間が10年、20年と過ぎていきます。後になって「ひょっとして拉致だったかもしれない」と思っても、証拠も何も残っていません。証拠がないと、政府は拉致を認定しない。証拠があっても認定しないんですけど、そういう状態でずっと来ております。

1974年には、この福岡で松下電器に勤めておられたお二人、波多野幸子さんと三浦和彦さんがいなくなっております。会社の仕事が終わってから、三浦さんの車で出かけて、その車は芥屋の大戸(糸島市)付近に置いてありました。その後、全く消息がございません。

政府認定拉致被害者で、田中実さんという方がおられます。私は一度、中国で「田中実を知っている」という北朝鮮出身者と会ったんです。その人は、「田中実さんの奥さんは日本人」だと言い、「似ている」と指刺したのが波多野幸子さんの写真でした。

本当に波多野幸子さんだったのか、あるいは似た人だったのか、全くの作り話だったのかは、わかりません。しかし、そういう可能性があって、日本の中では「ただ消えただけ」であっても、北朝鮮で苦しんでいる人は非常にたくさんおられます。

あまり言いたくないことではありますが、現地で亡くなった人もたくさんいるはずです。北朝鮮に拉致をされていく途中で殺害された人もいます。そのこともちゃんと落とし前をつけなければいけない。やることは山ほどあります。

拉致被害者救出運動は、北朝鮮の人たちが安心して暮らせるようになること、東アジア全体に平和をもたらすことに、必ず繋がると確信しております。署名活動もその第一歩です。この国の力をもってすれば、拉致被害者が救出できないはずはありません。私も最後まで、そのために努力をしてまいります。

集会後、キャンドル型LEDライトでブルーリボンをつくる。

大会協賛

タイトルとURLをコピーしました